秘密の地図を描こう
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腕の中の存在が抜け出そうと暴れている。しかし、体力が落ちていなくても正式な訓練を受けていない彼を押さえ込むことなど、自分にとっては苦ではない。
「こらこら。また熱が上がるよ」
そう言うと、再度彼の体を自分の方へと引き寄せる。
「でも……」
「今の君が二人に会いに行けば、倒れるだろうね」
体調を崩して、とラウは冷静に指摘した。
「戦場では満足な対処はとれないよ。皆に心配かけるのはまずいと思うが?」
違うかな、と続けた。
「……そうかも、しれませんが……でも!」
あの二人は、とキラは言い返してくる。
「第一、君は本当に彼らに『会いたい』と思っているのかね?」
この問いかけに、キラは抵抗をやめた。
「……僕は……」
そんなことを考えたこともない。彼の表情がそう告げている。
「義務感だけならば、今回はやめておいた方がいい」
本当にこの子供は自分のことを後回しにしてしまうのか、と心の中で呟く。
「これが歌姫相手であれば、私も、止めようとは思わないがね」
彼女であれば、キラの現在の様子を正しく理解し、必要ならばまた手放せるだろう。
しかし、あの二人ではどうだろうか。
カガリについては人から聞いた程度の認識しかない。しかし、アスランは部下としてこの目で見てきたのだ。そして、キラに対する執着心を利用して楽しんでいたことも否定しない。
だから、彼がどれだけ激情家かもよく知っている。
彼の場合、キラの症状を理解しても自分が『そばにいたいから』という理由でオーブに連れ帰ろうとするだろう。その結果、彼がどうなるのか。それも正しく理解した上で、だ。
「私たちは、君を失いたくない」
自分の口からこんなセリフがこぼれ落ちるとは、とあきれたくなる。少なくとも、隊を率いていた頃なら間違いなくそうしただろう。
だが、今はそんなことは考えられない。
「……いい子だから、今はおとなしくしていなさい」
そんなことを考えながらこう告げる。
「……でも、あの二人がおとなしくしているか……」
特に、シンとぶつかっていないだろうか、キラはそう呟くように言った。
「それについては彼に聞きなさい」
言葉とともに手を伸ばして端末に触れる。そのままドアのロックを解除した。ドアの外に彼がいたのは気づいていたが、キラが暴れていたせいで動きがとれなかったのだ。
「失礼します」
言葉とともにミゲルが顔を見せる。
「って、キラ! お前、なんて格好、しているんだよ!」
次の瞬間、あきれたような声で、彼はそう言った。
「隊長に襲われたみたいだぞ」
しかし、このセリフはなんなのか。そうは思うが、否定できない状況ではある。
「仕方があるまい。今にも飛び出そうと暴れてくれたのでね」
ため息とともにそう告げた。
「わかってますけどね」
冗談です、と彼は付け加える。
「でも、この光景を見られるとものすごくまずいよな」
誰にと言われなくても想像が付く。
「この子が『逃げ出さない』と約束してくれるなら膝から下ろしてもいいのだがね」
ため息とともにラウはそう言う。
「あぁ、キラですからね」
仕方がないか、とミゲルもため息をつく。
「でも、お前が下手にうろつけば、レイとシンが暴走しそうだしな」
今でさえ、一触即発の状態なのに……と彼はわざとらしく付け加えた。
「そうなのかね?」
あの二人ならそうかもしれないが、と思いながら問いかける。
「まだ、レイの方は冷静ですけどね」
シンは、と言われると納得するしかない。
「それ以上に怖いのが本国にいるしな」
「……って、ニコルのこと?」
キラがおずおずと問いかけてくる。
「あぁ。頼むから、俺の胃に穴を空けるようなことは避けてくれ」
アスランの髪の心配もしてやらないと、と彼は続けた。
「あいつだって、わかっているさ」
次の機会でいいだろう? と続けられて、キラは小さくうなずく。
もう大丈夫だろう。そう判断をして、ラウはキラの腰に回していた腕から力を抜いた。
「さて……そう言うことだから、ベッドに戻ってくれるかね? 暇なら、簡単なプログラムを書くぐらいは許可してあげるが」
彼のパジャマの乱れを直してやりながら声をかける。
「……はい」
それに彼は小さく同意の言葉を口にしてくれた。